虐待を受けて解離性障害になった私のブログ

悲惨な運命を生き壊れた女の話

三度の飯より好きな暴力

私が小学校の頃、父親の実家に行った日の夜のエピソード1


家の隣には人の気配や声が気にならない位の広い公園があります


災害があった場合は公園に近所の住民が避難する事になっています。


父親は穏やかな声で公園に向かって


「静かにして下さい」


と言ってました。


父が穏やかな声を出す事をほとんど見ない私は


それだけで幸せでしたので、それが記憶に残っているのだと思います。


しばらくして、父と叔父が家に戻り


「ボコボコにしてやった」


と言いながら部屋に戻りました。


私は悪い奴らを父と叔父が、やっつけてくれたんだ と思い安心しました。


後日、公園にいた人達は近所の人で花火をする為に公園にいたと


いきなり父と叔父が殴ったので骨をやられていたと母から聞かされました


そうやって暴力を振るうので警察のお世話になるのが、そう珍しい話ではないらしい


子供を守る為にやってくれているんだと私は感謝していました




父は大学時代、柔道部の主将で黒帯でした。


歯医者になる為に柔道を辞めたと母から聞いています


しかし人を殴りたく日々身体を持て余しながら過ごしていました。


テレビに格闘家のような強そうな人が映ると


俺だったら「^€€++€[{*^*+£$$>[、、、」


掛け声と同時に殴りの動作を繰り返していました


本当に人を殴ることが出来れば 父はスッとするのでしょう


父の幸せが私の喜びでしたので、悶々とするのを見るのは


私自身も悶々が移っていたかもしれません

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